土曜版の朝日新聞の悩み相談の、なかでも上野千鶴子の回が好きで楽しみにしている。
先日、総集編として、名回答を集めた記事を見た。
母親を愛せない、そして愛せない自分を責めているという女性の悩みに、
上野千鶴子はこう答えている。
子どもを産んで自分も親になったのに、まだ母親が嫌いなら、それは本物です。
ならば気にすることはありません。世の中には母親が嫌いな人はたくさんいます。
(と、佐野洋子などの著名人の名まえを挙げ)
よくないのは、母親を好きになれない自分を責めることです。
会いたくないのに、無理に会うことはありません。
というような内容だった。
そして、その回答が掲載されてから数年後の、相談者の感想も出ていた。
とても気が楽になった、親には会いに行っていないが、罪悪感を持つのはやめた。
その時の回答は切り抜いて今も持っている。
というようなものだった。
世の中には似たような人もいるものだ、と思った。
私も母親を好きになれない人間の一人。
何度か努力してみたが無理。
子どもを産んだとき、一瞬、母親のこれまでの暴力や言葉による仕打ちの数々を
すべて許そう、と思ったのだが、その後、また母親にこてんぱんに傷つけられて
やっぱ無理、と諦めた。
でも、一人暮らしの母に会いに行こうとしない自分を心の中でずっと責めていて、
無理して会いに行くのだが、結局、心をズタズタにされて退散する、という
ことを、懲りもせず繰り返してきた。
大学で一人の友達もできず、社会人になってからも人間関係に苦しんでは辞めることを
繰り返してしまうのは、母親に愛されずに育ったからではないかと思い悩む日が長く続いた。
自分の攻撃的な性格は母譲りだと思うたびに、この遺伝子が子どもに伝わるくらいなら
いっそ死んだほうがいいのではと思ったことも、何回かある。
今はどうだろう。
実家が遠いことを言い訳にめったに会いに行っていない。
会わなければ心は平静でいられるのだけど、なにかのおりにふと母のことを思うと
母を大事にしない自分への罪悪感はやっぱり消えない。
成育歴については、くよくよ悩んでいるよりも、いっそそれを笑いに変えてしまえ、と
思うようになった。これはシナリオの勉強をしはじめたおかげ。
人生、これすべてネタなり。
上野千鶴子さんの回答どおり、完全に母親を捨て切ることができたら楽なんだろうけど、
私にはできない。それは苦しいことではあるのだけど、自分はこうしかできないのだから、
受け入れるしかないと思っている。
ゴールデウィークの後半、仙台に復興の仕事に行ったきりだった夫が帰ってきた。
仕事のことを聞いたら
「人を幸せにする仕事をしていると思うよ」
と言う。
それを聞いて、ああよかったと思った。
都市計画家である夫の仕事のことを説明すると、たいていの人は
「ああ、地図に残る仕事をしているのですね」
と言う。
その言葉をありがたく受け止めつつ、
それを誇りにすることは、
どうだ、すごい仕事をしているだろう、といった不遜な態度に
つながりはしないだろうかと不安だった。
だから、夫が、人を幸せにするために働いているのだと言うのを聞いて安心したのだ。
かの地には、復興予算を食い物にしようとしている人もたくさんいるという。
それらと戦うことも夫の仕事だ。
昨日は、新学年が始まって最初の授業参観&保護者会でした。
もう6年生だから、本部役員があたることはないので、
クラス委員決めは簡単に終わると思っていたのですが……。
今回もデジャ・ビュといいますか、
だあれもやりたくないオーラで教室は固まっておりました。
2人のクラス委員と、1人の専門委員と、3人の卒対委員が決まらない。。。
「こうなると、申し訳ないですが、今まで一度も委員をやったことのない方から選んでいただくことになりますが……」
と若い担任教師が言う。
やっぱり教室はシーンとしたまま。
「委員をやったことがない方……」
だあれも手をあげない。
「では、委員をやったことがある方……」
こうなると犯人探しのようだ。
しかし、6年になるまで何の委員もやったことのない人っているのかな。
と思ったら、手を挙げない人が二人いた。
一人はうつむいて下を向いている。
もう一人は
「やらなければならないのはわかっているのですが、仕事で午前中は空けられないので、会議には全部出られないと思います。みなさんにかえってご迷惑がかかるので」
といったことを消え入りそうな声で言う。
しばらくまた沈黙が訪れる。
このまんまじゃ進まないだろうな。
どうしてもやる人がいなければ、私は暇なわけじゃないけどフリーランスだから
年10回の会議くらいなら出られないとも言えないし、手をあげるべきか。。。
でも、もう3回も会長やってるしな、今年50だしな、、若手に譲るのが筋だって思うし、、。
しかし、このラチのあかなさ感。耐えられない。
ので、手を挙げて言った。
「先生、大変申し訳ないのですが、一瞬席をはずしていただいていいですか?
みんなで話し合いがしたいので」
と、まあ言わなくてもいいことを。
一度、堅い空気をほぐして、
「あんたどう?」「いや、○○さんも手伝ってくれるっていうんならなんとか、、」というような話が出てくれば突破口が開かれる。
「誰か、上の子で卒対やったことある人います? どんな仕事するんです?」
と呼びかける。とにかく空気を動かさないと、、。
と、経験者が一人いて、仕事の説明をしてくれる。
すると、ばたばたと手があがり、3人定員のところ、4人が卒対に決まった。
さあ、あとはクラス委員。
と、ある保護者が言った。
「今までやったことない人がやればいい話じゃないですか」
たまりかねたといった感じで他の保護者も言った。
「だいたい、仕事があるからできないなんて、仕事のない人がやれって言っているのと同じじゃない」
きた〜。こういう展開。
一番嫌。。。
ほかの人はシーンと黙ったまま。
黙っているということは、同意と同じようなもの。
まるで集団いじめ。
子どもに対して恥ずかしくないのか。
あんたたち、そうとう怖いよ、、。
やったことない人がやるべき、そりゃ、当の本人だってわかってるだろう。
それでもやれない事情があるって考えてあげてもいいんじゃないの?
私には関係ないわよ、ではなく、なんとかしてあげられないかな、という
発想を持ってもいいんじゃないかな?
「年に10回程度の会議ですよ、3人の委員で交代して出るとしたら年3回程度、それだったらなんとかなる人いませんか?」
ぶっちゃけもう6年なんだし、いろいろ議論したって議案が採決されて施行されるときは私ら卒業。バカ正直に全部の会議に出られなくてもまあいいじゃない。それでだれかが「それならやれる」って言ってくれるなら、と思ってそう言ったのだけど、みんなの差すような視線が怖かった。
まあ、この中の人全員に嫌われても全然怖くないけど、、。
会長職やって総イジメにあって、ストレスでガンになって死ぬかもっていうくらい思いつめた経験がある私としては。。。
じりじりと、気まずい時間が流れたが、
あっけなく結末はやってきた。
いったん卒対に決まった人のうち一人が、
「私は午前中の会議に出られるので、クラス委員をやりますから、あなたは卒対をやりませんか?」
と、一度も委員をやったことのない人の一人に言ったのだ。この人は救世主!
卒対の打ち合わせ時間は午前と限らずメンバーの都合で決められる。
残りの一度も委員をやったことない人は、「もう一人の方と分担してならなんとかやります」ということでクラス委員となった。
じゃあ、最後、「専門委員は私がやります」と手を挙げたら、
「それは、今日欠席している人で、立候補した人がいるからもう決まっている」だって。
赤っ恥。。
「じゃあ、決まった人に大きな拍手!」と無理やり盛り上げて、
会は終わったが、なんとも後味が悪かった。
きれいごとと言われても、
私は困っている状況にあって、知らぬ存ぜぬとばかり黙っていることはできないし、
困っている人を追い詰めるのはしたくない。
そういう人たちの側には絶対つきたくない。
昨日、晴れてシナリオ・センターのゼミを卒業できた。
20枚シナリオを30本書けば卒業できるのだが
短い人で8カ月、長い人は1年、2年かかって卒業すると聞いていた。
もちろん、卒業できずに脱落する人もたくさんいる。
課題は、「誘惑」「怒り」など感情表現あり、「刑事」「弁護士」など職業ものあり、「コメディ」「メロドラマ」などジャンルものありとさまざま。
これだけいろいろなテーマがあると、自分の経験だけではとても書ききれず、いろいろ調べなければならない。
絶対無理!と思うようなテーマでも、みんななんとか書いてくるので、焦りつつも、自分もがんばらねばと思いながら続けてきた。
シナリオを書いてきたら、「本読み」といって、みんなの前で読むのが恒例。
自分のつたない文を読む恥ずかしさにはすぐ慣れたが、
人のを聞くたびに、
自分以外の人がみんな上手に思え、自信喪失感にさいなまれるのには
最後まで慣れなかった。
こんなに上手な人がいっぱいいるんだったら、もうやめようかな、と何度も思った。
でも、自分でも上手く書けたな、と思うと、
みんなに聞いてほしくなるし、みんなからほめてもらうと、すっごく元気が出て、
またがんばろうという気になった。
書けない、書けない、と思うときは、苦しみつつも、最後の課題をクリアして卒業していった先輩のことを思ってがんばった。
創作とは孤独な作業と思っていたが、決して孤独なだけではないと実感したものだ。
さて、最後の課題は「時代劇」だった。ゼミの初日から、課題一覧を見て、こりゃ無理だろうと思った。
絶対書けないよ、時代劇なんて。でもこれを書かない限り卒業できない。
なので日頃から、時代物の小説を読むよう心がけてきたが、性に合わなくて、全然ページが進まない。
そうこうしているうちに、ついに時代劇を書かなければならないときがきた。
にわか勉強でいろいろ調べているうちに、江戸時代のシュウカツの話を書こうと思い立った。職にあぶれた女が見世物小屋で蛇女の職にありつく。しかし、生類憐みの令のせいで再び職にあぶれる、という話でいくことにした。
で、調べていくと、実は蛇女は街頭でスカウトしてきた素人女性だったとか、生類憐みの令を出した綱吉は男色家だったとか、へえ〜〜というようなネタにも触れることになり、なるほど、時代ものを書くって面白いのかも、と思った。
とにかく、なんとか時代劇のシナリオをでっちあげ、無事卒業できた。
これはひとえに先生と、シナリオ仲間たちのおかげと感謝している。
今年大学に入った娘が小学校のときのママ友たちに、久々に会った。
「大学の入学式に行った?」
と聞かれ、びっくり!
行くわけないじゃん!?
が、ほかのママたちの反応は違った。。
「行きたかったんだけど、予定があっていけなかったの」
「大学側から保護者の参加はできないって言われて」
「息子が絶対来るなって言うから……」
あら〜、みなさん、行けるんなら行くつもりだったんですね。
これがいまどきなの?
もういい加減、親の支配から解放してあげたらどうだろう。
私だって入学式、ちっとは見たいって思ったけど。
大学生活どうなの? とか、いろいろ電話して聞いてみたいけど、
あえて距離をおいている。
それが、大学生になった子の親の、取るべき態度だと思っている。