ホームページでも告知していますが、親コーチング研修(無料)というのを実施しています。http://www.inter-highschool.ne.jp/c000009/archives/2006/12/28/entry74.html
私は2月3日と24日の回のインストラクターを担当しているのですが、本日、2月3日の回をやってきました!!
楽しかった〜〜〜!!!
一方通行の講演よりも、少人数で、意見交換をしたりワークショップをしながらの研修は、参加者ともとても仲良くなれるし、参加者から教えられることも多いし、とても楽しい!!最後には、参加者から、楽しかった、ためになった、と言っていただけるので、また楽しい。
インストラクター体験はまだまだ浅いので、次回はここを直そう、とかこんなワークを取り入れよう、とかいろいろと改善案もあり。
次回も楽しみ。
人に喜んでいただけて、自分も楽しい。休日返上の研修だったけど、そんなこと、ちっとも苦にならない楽しい一日でした!
「コーチングを勉強中」というと、え、っと怪訝な顔をされる場合がある。「なんだか、怪しそう」とか「高いお金を取るわりにこれといって成果がない」「口で言うのは簡単だけど、本当はどうなの?」などなど、そんなことが頭に浮かぶのではないかな、と思う。
私は、研修生として何人かのクライアントさんのコーチをさせてもらっているけれど、クライアントさんの中には、「コーチングってとってもいい!コーチがいないとダメかも!」とまで言ってくださる人もいる。
「コーチング」に対するイメージの、この差って、最初に出会ったコーチによるところは大きいと思う(私が素晴らしいコーチだと言っているわけではないですよ!)。
私も、実は数年前、「コーチング」のコンセプトを知って、これは素晴らしい!と思い、ある人にコーチをお願いしたことがある。が、これは失敗に終わった。
そのときの印象としては、「コーチは、私の固有の問題を解決しようというより、頭の中の会話のシナリオどおりに話を進めているのかな」という感じ。
なんだかそのコーチは、「私は会話のテクニックだけで人を変えることができる」、もっと言えば「会話のテクニックで人を支配できる」という万能感にとらわれているようで、なんだか嫌になってしまったのだ。以来しばらく、私は「コーチングは胡散臭い」と思う側の人間だった。
が、その後何年かたって、別のところでコーチングに出会い、やっぱり面白いかも知れない、と勉強を始めた。クライアントさんも持ち、もちろん自分にもコーチをつけた。で、コーチングへのネガティブな印象はかなりなくなっている。何より、コーチングによって、私と子どもの関係が、変わるのを体感したことが、大きな意識変化のもとだったのかも。
だけど、世の中にはいろいろなコーチがいるだろう。人間力、相性、経験…いろいろな条件があり、ぴったりなコーチに出会えるのは難しいのかも知れない。
私は、まだまだ経験が少なく、駆け出しもいいところだが、コーチとして、こうありたい、というイメージはある。
「答えは相手の中にある、コーチはそれを引き出すだけ」というのが、コーチングの大原則だ。「コーチは聞き役に徹するべきで、コーチからクライアントに提案したり、アドバイスしてはならない」とかということをおっしゃる人もいる。
だけど、私は、必要だと思う提案やアドバイスはするべきだし、役に立つなら自分の経験談を話してもいいと思っている(もちろん長々と話すのではなく)。クライアントさんが本当に願っているゴールに近づけるのなら、そんな型どおりのルールに縛られなくてもいいじゃない、と思うのだ。
また、コーチングでは、最初に目標設定をして、ゴールに着くためにどうするか、クライアントとコーチで答えを見つけていくのだが、最初のテーマからはずれて、延々と私生活の愚痴を聞かされることもある。コーチによっては、クライアントの私的な悩みには一切関わらない、という人もあるらしいけど、私は愚痴をただ黙って聞いてあげる、という日があってもいいじゃないかと思っている。
それは、「型どおりの会話パターン、テクニックだけですべてを解決できる」と思っている(と私は感じた)コーチから、コーチングを受けたときの、「なんとなく嫌な感じ」が体験としてあるからだと思う。
人間、仕事だけでなく、配偶者のことや、親のことや、子どものことや、地域のことや、いろんな面倒なことの中で悩みながら生きている。いつもいつも前向きに目標に向かって前進ってわけには行かない日もあるはずなのだ。そういうのも全部認めて、相手を元気にしてあげたい。
それができるコーチを目指している。
先日の、ある女性のコーチングの話の続き。
先の電話セッションの1週間後、子どもとの様子を聞いてみた。
すると、「すっごく驚いたことがある」と彼女。
彼女は子どもにピアノを習わせているのだが、
いつも子どもの横について、厳しく指導してしまうという。
が、今回はそれはできない。前回の私とのセッションで、
「子どもに一方的な指示命令はしない」と、自ら約束しているからだ。
子どものピアノの練習ぶりを見ていると、金曜の時点で、
土曜日のレッスン日に合格をもらえるかどうか微妙な状況。
そこで彼女はコーチング的アプローチを試みた。
「どうする? もうちょっとがんばって練習する?
それとも今日はここまでにして、土曜日の朝、
レッスンに行く前に練習する?」
選択肢を与えて、子どもに選ばせるわけだ。
「土曜日の朝にする」
と子どもの返事。
そして、翌日の土曜日の朝。
子どもはTVを観ている。
以前の彼女なら、
「土曜日の朝に練習するはずだったでしょう!」
と叱ったのかも知れない。
が、彼女はもう一度、子どもにチャンスを与えることにした。
「ピアノの練習、そのTVを今消してやる? それともそのTVが終わってからやる?」
子どもの返事は「TVが終わってから」。
その後、彼女は家事に追われ(働く母の土曜日は、たまった家事に追われる一日だ)、その約束を忘れてしまっていた。が、ピアノの音が聞こえてきて我にかえった。「あ、ピアノの練習!」時計を見ると、ちょうどさっきの番組が終わった時間である。
「TVを消すって、自分でもなかなか勇気のいることだと思うけど、あの子はちゃんとそれをやったのよね。この子は叱らないとできない子だ、と私が勝手に思い込んでいただけかも知れない。」
命令しないで、自分で決めさせる、ただそれだけのことで、
本当に、こんなに子どもが変わるんだろうか……。
ええ、変わるんです!!!
その瞬間は、自分でもびっくりするほどです。
一度これを体験したら、次はどういうアプローチで
子どもの行動を引き出そうか、と考えるのが楽しくなってきます。
指示命令を続けていたら、お母さんがいるときだけちゃんとするけど、
怖いお母さんがいなくなったら、サボっちゃうようになりますよ。
だからずーっとつきっきりでいなくてはならなくって親も大変。
子どもが自分で行動するようになると、つきっきりで
指導しなくてよくなって、親も楽になります。
親子のコーチング、ぜひ試してみてください!
「家庭の教育力の低下」ということがよく言われる。
親がきちんと子どもをしつけられない、育てられない、などなど。
子育てについて、理想論ならいくらでも言える。でも、口でいくら理想を言っても、実際に生身の人間を目の前にすると、冷静に諭すべきところをカッとなって怒鳴ったり、手をだしてしまったり、ということは誰にでもあるはず。
私がコーチングをしているある女性の話。
彼女は、40代、一児の母。育児休業の後仕事に復帰。上司からは頼られ、部下からの信頼も厚い。やるべきことの優先順位も明確で、上手に子育てと仕事を両立している。問題が起きても、自分で論理的に解決法を見つけられるタイプで、コーチングをやっていてもコーチの出る幕はあまりないな、という感じだ。
そんな彼女が、ある日、「昨日、子どもをひどく叱ってしまい、勢いで叩いてしまった。自己嫌悪に陥っている」という。え、こんなに聡明な彼女が?と驚いた。彼女自身、コーチングの知識があり、会社では部下にあれこれ指図をせず、上手にやる気を引き出す、という名コーチぶりを発揮している。なのに、自分の子に関しては、そうはいかないらしい。
「会社から帰ったときに私が指示していた作業をすませていない」「私が指導したとおりに勉強をしない」……子どもが指示に従わないことにとてもイラついてしまうのだという。
コーチングでは、相手に指示命令をしたり強制をしたりせず、相手に考えさせることによって、相手が自分からやろう、という行動を導く。職場ではそれができている彼女が、子どもに対しては、指示命令の連発をしている。親というものは、子どもを愛するあまり、こうなって欲しい、ああなって欲しい、と子どもにいろいろなことを要求してしまう。もちろん子どもの気持ちなどおかまいなしに。
大人だって、同じことをするのに、命令されてやるより、自分からやるほうが気持ちがいい。まだまだ自己チューの子どもに、素直に命令に従わせるなんて、できるはずがない。
「どうしてこんなにうちの子は素直じゃないんだろう。あなたの欠点は素直じゃないことだから、素直になるよう努力しなさいって言うんだけど……」
と彼女。
「でも、毎日、あなたはダメだ、あれもしてない、これもしてない、と言われて素直になるってできるかなぁ。ああ、よくがんばったね、上手にできたね、って認めてもらえてはじめて素直になれるんじゃないかなぁ」
彼女は、はっとしたようだ。
「今まで、子どもとのやりとりでうまくいったときってあった? それは、どうしてうまくいったと思う?」 と聞いてみた。
すると
「うまくいったときは、そういえば、あんまりあれこれ言わず、好きにさせてみた。それから、努めてほめるようにしたかも」
そうそう、それ。
それが基本なんだよね。
「ほめて育てる」よく言われることだし、誰でも知っている。
でも、実際に自分の子育てを冷静に振り返ってみると、ぜんぜん違うことをやっていたりする。
「子育ての理想を語るだけなら簡単」なんです。
わかっているけど、またやってしまった!と失敗の繰り返し。そんなことで自己嫌悪に陥っているお母さんはたくさんいると思う。
でも、気にしないで。気がついたらなおせばいいんです。子育てに手遅れってない、って言いますから。
私も日々試行錯誤、現在進行形です!
子育てで仕事を中断している主婦でも、多くは子育てだけで
人生を終わりたくない、何か好きなことをやりたい、
できればそれでお金を稼ぎたい、と思っているはず、と思い、
数名の主婦の方を対象にコーチングセッションをしている。
週に1回、30分程度、電話で話をするのがコーチングセッションだが、私から、いくつか質問をすることにより、相手(クライアント)が、近い将来何がしたいのか、
それをするために今何をしなければならないのか、
具体的な行動計画をどうするか、
などを明確にしていく。
やってみてわかったのだが、
主婦の方々には、驚くほど共通のキーワードがある。
それは「自分には無理」という言葉。
こういう場合は、今スキルがないから、とか今子育てが忙しいから、
という現状を抜きにして、何でも夢がかなうとしたら
何をしたい?という質問で、ちょっと発想を広げてみる。
普通ならば、何でもできるっていうのなら、ってことで
何かしら「夢」って語れるものだが、長く専業主婦をして
子育てで身も心もつかれきっている人は、
たとえ魔法が使えたとしても、
具体的な「やりたいこと」を語ることができない。
「どうせ無理だから」という思い込みが強すぎて、
何でもかなうとしたら、という状況自体イメージできないのだ。
私もかつて専業主婦時代があったから、その気持ちはわかる。
でも、私の場合、1年で仕事が見つかり、専業主婦生活から抜ける
ことができた。社会から隔離された状態が長引いていたら、
同じように「どうせ私には何もできない」という思いに
がんじがらめにされて、悶々とした毎日を生きていただろう。
それはあまりに悲しすぎる。
時間をかけて話をしているうちに、「どうせだめ」を連発していた人も
「なんとかなるかも知れない」「やれそうな気がしてきた」と変わってくる。ごく小さな一歩を踏み出せたことで、自分を思いっきりほめてあげる。そうするとまた次の行動へのエネルギーが沸いてくる。
クライアントさんが「なんか元気が出てきた!」と言ってくれるととても嬉しい。
最初は、仕事を得て、それなりに稼げるようになることが皆の共通した願い、と思っていたが、そうでもない、ということもだんだんわかってきた。
専業主婦は嫌だ、何かやりたい、という人の「何かやりたい」の持つ意味合いは人によってかなり違う。たとえ月数万円の稼ぎでもいいから、自分でも何かできる、という充実感が得られればそれでいい、という人、まったく稼げなくても毎日が楽しく過ごせればいい、という人。
最初気負っていた分、「え、そんなことでいいの?」と拍子抜けしたのは事実だが、「仕事をもって稼げるようになりたい。常に上を目指したい」というのは私の価値観であって、それをみんなに押し付けるのは間違いだ。ささやかだけど行動を起こすことができた、今までの自分より自身が持てた、○○の勉強会に参加して楽しかった、それで十分ではないか。
コーチングをしていると、クライアントさんに教えられることも多い。
もしかしたら、夢を語れないのは自分のほうではないか、とか、
計画を立ててがんばっていないのは自分のほうではないか、とか。
というわけで、コーチング、なかなか楽しいのであります。