いしぷろ日記

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あつくんの笑えるひとこと

パソコンで仕事をしていたら、
ころん、とあつくんがチョコレートを一粒
差し入れしてくれた。
もちろん自分の口にもポイッ。

「チョコレートってひとつ食べると
もうひとつ、もうひつって欲しくなるんだよね」

「そうだねー、チョコっておいしいよねー」

「それがチョコレートのまりょく。
チョコレートにあやつられるのさ」

そういってあつくんは口をもぐもぐさせていました。

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子どもと公園に行く

学校が冬休みになったので、
なるべく外に出る仕事は入れずに、
家で、子どもたちの顔を見ながら仕事をすることにしている。
子どもたちも心得ていて、
私が仕事をしているときには
「あ、仕事ね」と言ってじゃまをしないでくれる。

が、保育園児のアツはそうはいかず、
ときどき、本を読んで、とか、トランプしよう、とか言って来る。

家にいて仕事ができないとイライラしてしまうので、
思い切って公園に出かけた。外に出てしまえばあきらめもついて
仕事を忘れられる。

子どもといると、ちょっとした雑木林もすぐに「森」になり、
ケーキを焼いているくまちゃんや、買い物をするりすさんが
出てくるような世界にいるような気持ちになれる。

「ここに『もりのかくれんぼう』いないかなあ」
(もりのかくれんぼうは末吉 暁子作、林 明子絵の絵本の登場人物)
と言うと、
アツは周りをぐるっと見回して
「無理だよ、はっぱが散って、かくれるところがないもん」
と真剣に答える。
「あ、でもあそこにならいるかもよ」
と、少し葉っぱの残った木を指差す。

こんなとき、アツの目には本当に
もりのかくれんぼうが見えているんだろうな。

来年は勉強の年

春が近くなると、毎年何かを始めたくなる。
スケッチをはじめたのも41歳の春だった。
英語の通信講座も何度かトライしたが
いつも始めるのは春。(秋ごろには挫折するのが常だが)

今回もまた勉強熱がわいてきて
始めたのがキャリア・カウンセラー養成講座。
これは挫折するわけにはいかない。
来年からコーチングの仕事も増やしたいし、
そのために、いろいろな知識やスキルを身につけたい。
キャリア・カウンセラーの勉強は
必ずやコーチングにも役立つだろう。

今まで仕事と子育てに追われていて、
自己啓発など考える余裕もなかったが、
仕事も減らしたことだし、
来年は勉強をしたり新しい経験を積んで
自分のバージョンアップに努めたい。

クリスマスにはトリの丸焼き!

私にとって、つくづくラッキーだと思うのは、
生涯の友、と呼べる人が近所に住んでいること。
彼女、T子さんは、4児を女手ひとつで育てる助産婦さんなのだが、
長女の妊娠中に、母親学級で出会って一目ぼれ。それまで通っていた産院にサヨナラし、T子さんに初めての子を取り上げていただいた。

その後、ほぼ同時期に我が家もT子さんも引越しをしたのが、引っ越した先が、徒歩1分ほどの至近距離。なんという偶然!
近所におかかえ助産婦さんができたようなもので、下2人の息子たちはT子さんに来ていただいて自宅出産をした。以来十数年の付き合いになる。互いの子どもたちも、生まれたときからの知り合いってことで、半分身内とも言えるくらい親しくつきあっている。

で、今年のクリスマスは、我が家にT子さんと子どもたち(成人して家を出た子は除き)を招いて夕食を食べることになった。
何をつくろうかなー、と迷ったのだが、近所のなんてことないスーパーに、1羽だけまるのままの鶏が売ってあったので、衝動買い。
内臓はきれいにとってくれているから、そこに冷凍ピラフを詰め込んで、オーブンで焼くだけ。値段もステーキを買うよりずっと安い。
なのに、テーブルでの存在感はダントツ。塩をすり込んで焼いただけで、なーんも手をかけていないのに味もすっごくいいのであった。
しかも、残ったガラでスープをとって、翌日の朝食に。それもびっくりするほどおいしい!!我が家では支払った金額とそれによって得られる幸せ度を天秤にかけて「喜び回収率」が高い、とか低い、とか言うのだが、まさに喜び回収率の高い「トリの丸焼き」なのでありました。

口に毒のある人

先日、宮部みゆきの小説を読んでいたら
「口に毒のある人」というのが出てきた。
あ、これ私のことだ、とちょっと胸にきた。

悪気はないのに、言うことにいちいちトゲがあって
人を不快にさせてしまう人。

さらに言えば、私の母も口に毒のある人だ。
毒のある人に育てられて、私も毒のある人になってしまった。

今更親のせいにしちゃいけないんだけど、
子どものころは、親の価値観にどっぷりと影響されてしまう。

出会った人すべてを自分の敵と思い、しょっぱなから
けんか腰。それで気に入らなければさよならしてくれていい、
そんなコミュニケーションスタイルがあたりまえに
身についてしまった。

その後、家を出て、社会に出て、
世の中にはそういう毒のいっさいない人たちがいっぱい
いることを知って、本当に混乱した。
根っからやさしい人に合うと、
もしかして何かウラがあるんじゃないか、と疑わずにいられなかった。
ある時から、自分も毒のない人たちの仲間に入りたくて随分苦労した。

夫と、夫の家族が、
その毒のない根っからやさしいひとたちの典型だった。
もちろんなじめなかった。やっぱりウラがあるのでは、と疑った。
結構ひどいことを言ってしまって、
さすがにまずい、と思って謝ったとき、
義理の母は笑ってこう言った。

「なんも気にしとらんよ」

それでも、やっぱりなじめなくて、
その後何年も、嫌な嫁であり続けたけれど
義理の母の態度はいっつも同じ。

「なんも気にしとらんよ」

この言葉のあたたかさとありがたさに、今になって
ようやく気づいた。
ごめんよ、よしこババ。
私もそういうババになりたい、本当に、今そう思っているよ。
ありがとう、よしこババさま。






思春期の娘

先輩ママから耳にして覚悟はしていたが、ついにやってきた。
思春期真っ只中の娘には日々苦労している。

母親の言うことひと言ひと言が気にさわる、そういう時が
確かに私にもあった。
娘の冷ややかな言葉にムカっとする時は、
同じ年頃だった自分の気持ちを思い出すことにしている。
そうすると、こういうリアクションをするとダメだろうな、
という予測がつく。
けんか腰になられても嫌だろうし、
はいはい、そうですか、と茶化されたり卑屈になられるのも
不愉快だろう。
適当に聞き流したり、明るく話題を変えたり。

「いくら娘といえ、すっごいムカつく!」ということを言われても、
すぐに忘れる。で、しばらくしたら「お茶でも飲まな?い?」と
明るく誘ってみる。
ひどいことを言ったあとは娘なりに「ちょっとまずかったかな」と
思っているはず、と思うから。

そんな感じで、「こういう日々がいつまで続くのかなー、
今んとこ、ママ大好き!!といってくれる息子たちにも
いつかこんな日が来るのかなー」と思いつつ
過ごしている。

一方、一番下の息子は癒しそのものだ。
「サンタさんもノロウイルスがうつることあるのかなー」
と不安そうにつぶやく息子を見て、あまりのカワイサに
くらくらしてしまった。
大丈夫だよ、君のプレゼントは絶対に無事届くよ!

私が3児の育児に振り回されつつも病気ひとつしたことがないのは、
「か、かわいい!かわいすぎる??」と足をばたばたしてしまうような、こんな癒しの瞬間が毎日そこいら辺に転がっているから。

女性起業家に取材して思ったこと

先日、ある女性起業家に取材をした。
アメリカでMBAを取得して帰国後起業、
結婚し、中学生の子どももいる。
いやぁ?、女性起業家って何人も取材したが、みんな
とってもポジティブ。パワフルオーラが漂っている。

私も長く、女性にとって理想の生き方ってどういうものだろう、
と模索しているが、起業家っていう選択肢は私にはないな、とつくづく思う。
家庭と仕事を天秤にかけたとき、起業家というのは、不本意でも
仕事にウェートをおかなければならない。子どもが大事だと
思っていても、仕事を優先せざるを得ない。
私は、やっぱり家庭、子どもにウェートをおきたい。

数年前までは、自分の本来の願望に気づかず、「私は仕事のほうが大事」とばかりに働いていた。ある時、なんでこんなに苦しいんだろう、とよく考えて、はじめて自分の中の自己矛盾に気がついた。本当は私は子どものほうがずっとずっと大事なんだ、という単純な事実。

仕事か家庭か、という2者択一ではなく、両方やりたいのなら、
自分の中でウェートを決めなければならない。どちらも100%だと
どこかで無理が生じる。私はあのまま仕事を無理無理にやっていたら
家庭を壊していたかも、と今は思う。

そんなわけで、ばりばりやっている女性を見ると、
内心焦ったり、うらやましく思ったり、自分はぬるいよな、と
思ったりもするのだが、
だけど、悩んだ末、今のワークスタイルを選んだのだから、
それでいいじゃん、と自分に言い聞かせている。


主婦の幸せって何だろう

子育てで仕事を中断している主婦でも、多くは子育てだけで
人生を終わりたくない、何か好きなことをやりたい、
できればそれでお金を稼ぎたい、と思っているはず、と思い、
数名の主婦の方を対象にコーチングセッションをしている。

週に1回、30分程度、電話で話をするのがコーチングセッションだが、私から、いくつか質問をすることにより、相手(クライアント)が、近い将来何がしたいのか、
それをするために今何をしなければならないのか、
具体的な行動計画をどうするか、
などを明確にしていく。

やってみてわかったのだが、
主婦の方々には、驚くほど共通のキーワードがある。
それは「自分には無理」という言葉。

こういう場合は、今スキルがないから、とか今子育てが忙しいから、
という現状を抜きにして、何でも夢がかなうとしたら
何をしたい?という質問で、ちょっと発想を広げてみる。
普通ならば、何でもできるっていうのなら、ってことで
何かしら「夢」って語れるものだが、長く専業主婦をして
子育てで身も心もつかれきっている人は、
たとえ魔法が使えたとしても、
具体的な「やりたいこと」を語ることができない。

「どうせ無理だから」という思い込みが強すぎて、
何でもかなうとしたら、という状況自体イメージできないのだ。

私もかつて専業主婦時代があったから、その気持ちはわかる。
でも、私の場合、1年で仕事が見つかり、専業主婦生活から抜ける
ことができた。社会から隔離された状態が長引いていたら、
同じように「どうせ私には何もできない」という思いに
がんじがらめにされて、悶々とした毎日を生きていただろう。
それはあまりに悲しすぎる。

時間をかけて話をしているうちに、「どうせだめ」を連発していた人も
「なんとかなるかも知れない」「やれそうな気がしてきた」と変わってくる。ごく小さな一歩を踏み出せたことで、自分を思いっきりほめてあげる。そうするとまた次の行動へのエネルギーが沸いてくる。
クライアントさんが「なんか元気が出てきた!」と言ってくれるととても嬉しい。

最初は、仕事を得て、それなりに稼げるようになることが皆の共通した願い、と思っていたが、そうでもない、ということもだんだんわかってきた。

専業主婦は嫌だ、何かやりたい、という人の「何かやりたい」の持つ意味合いは人によってかなり違う。たとえ月数万円の稼ぎでもいいから、自分でも何かできる、という充実感が得られればそれでいい、という人、まったく稼げなくても毎日が楽しく過ごせればいい、という人。
最初気負っていた分、「え、そんなことでいいの?」と拍子抜けしたのは事実だが、「仕事をもって稼げるようになりたい。常に上を目指したい」というのは私の価値観であって、それをみんなに押し付けるのは間違いだ。ささやかだけど行動を起こすことができた、今までの自分より自身が持てた、○○の勉強会に参加して楽しかった、それで十分ではないか。

コーチングをしていると、クライアントさんに教えられることも多い。
もしかしたら、夢を語れないのは自分のほうではないか、とか、
計画を立ててがんばっていないのは自分のほうではないか、とか。

というわけで、コーチング、なかなか楽しいのであります。

童話の学校(つづき)

「暗い」と酷評された作品を書き直して、再度勉強会に参加。
とってもいい、というご感想をたくさんいただき、大変ありがたく思う。

今回の会では、Y氏から、ファンタジーを書く場合の定型スタイルとか、物語を成立させるためのテクニックとか、ためになる話をたくさん聞いたので忘れないようにメモっておこう。

1)桃太郎の3人の家来は、分裂した3つの自己。このパターンは、他の話でも大変よく見られるパターン。

2)ファンタジーの主人公には何か異能力が必要。それがあるからこそ、読み手が作品世界に入っていくことができ、その世界の中で遊ぶことができる。

3)物語には必然性のある伏線が必要
  たとえば、主人公が旅をするとして、その旅は何のための旅なのか。

4)読者の想像を裏切る結末を

5)一度は、物語を成功させる定型パターンを知った上で書き、
最後にそれを壊す、という作業が必要。それが勇気のいることでもあり難しいことでもある。

童話の学校

ちょっと前の話になるが、
先々月、知人の誘いで、「童話の学校」というのに参加した。
池袋某所で、夜、お茶とお煎餅をぽりぽりやりながら、
各自作品を持ち寄り、合評会をする、という会らしい。
私が始めて参加した日は、ちょっと面白いゲストスピーカーが来るということもあって参加したのだが、驚いたのは、20名ほどの参加者のほとんどすべてが、童話や児童文学の名のある賞の受賞歴のある人か、絵本や童話の出版歴のある人だったということ。更に驚いたのは、にもかかわらず、私はその中の一人として名前を聞いたことのある人がいなかった、ということ。
それだけ、この世界で、名前が知られて食べていくことが難しい、ということなんだろう。

主催者のY氏もすでにかなりの冊数の童話を出版しているが、告白すると、それらのうち1つも読んだことはないばかりか、書店で見かけたこともないかも。が、Y氏は、学生時代、あの「王さま」シリーズの寺山輝夫氏に師事したことがあるという。すごい。ちょっとうらやましい。

で、私が参加したのは、ちょっと子ども向けというか子育て母向けの雑文を書いたものがあって、それをY氏に見てもらったら、童話の集まりがあるからそこで見せたら、ということになったからである。
まさか、そんなすごい人たちの集まりと知らず、ぼーっと参加したのだが、いきなり、みんなの前で自作を朗読することになり、しかも「暗い」とのしごくもっともな(でも厳しい)指摘され…。
が、くれぐれも作品批判を人格批判と取り違えて落ち込まないように、とのY氏の温かいフォローに救われ、書き直して次回に臨むことに。
その後の経過はまた後日。

読み聞かせボランティア

子どもの学校で読み聞かせのボランティアを初めて4年になる。
最初は一番上の子が4年の時。ぜひやらせて欲しい、と担任の先生にお願いして、一人でスタート。すると、他にもやりたいという親たちが同じクラスで数人でてきて、子どものクラスだけだが1年続けた。
翌年は、子どもは5年になっていたが、5年全クラスでやって欲しいという先生たちの依頼があり、有志数名がちょっと組織的なグループに成長。その翌年は、全学年でやって欲しい、という依頼があり、メンバーは20数名のそれなりの規模のグループとなった。

欲を出せば、勉強会を開いたり、外部へも遠征したり、活動の幅を広げられるのだろうけど、仕事と両立できる程度にのんびりやろう、と自らに歯止めをかけている。のんびりだから参加している、という親たちも多いだろうし。月1回の読み聞かせと、読み聞かせ通信発行のみの楽な運営。

読み聞かせはとっても楽しい。最初は、自分の子が学校でうまくやれているだろうか、という偵察も目的としてはあったが、今は純粋に、子どもたちに喜んでもらえることが嬉しくて通っている。
高学年の子には、うけるかなー、と最初は心配だったが、絵本や紙芝居はどんな子どもでもみんな大好きなようだ。

いまどき、どんなにいい学校でも、不登校もあり、いじめもある。でも、読み聞かせを聴いているときの子どもはみんな、とっても子どもらしくかわいらしい。一生懸命聞いてもらえるから、次もいい本を選んでこよう、とはりきってしまう。

本日のコーチング

ビジネスの世界ではコーチングはかなり知られているが、
私が今勉強中の学習コーチングはまだまだこれから。
今日は、コーチングの私の先生のS氏とのコーチングセッションの日。

私は、コーチングを受けるまでは、
自分はとてもポジティブな人間だし、人に頼らなくても自分で目標を立て、日々それに向かって邁進できるタイプ、と思っていた。だから、コーチをつけるのは、勉強のためだけ、と思っていたのだが、実際に毎週コーチとセッションをしていると、日々の忙しさを言い訳に、後回しにしていることも結構ある、と気づかされる。
近い将来の「なりたい自分」、もうちょっと先の「なりたい自分」というのは常に頭の中にあるが、後者のほうについては、ちょっと漠然としすぎていて、具体的な戦略や行動計画をたてないままに過ごしている。いつかそのうちそういう流れが来る、と他力本願なところもある。実際は結構波待ちでうまくいってきたこともあるだけに、そんなに今からぎしぎしに計画を立てて動かなくても…、と思ってしまう。

が、コーチがいると、決して厳しくはないが、それについてはどんな計画があるのか、目標に近づくために何ができるのか、と常に聞かれるので、つい、「●●をやります」と言ってしまう。

今が幸せなんだからいいじゃない、と決して満足できないのが人間。やっぱり常に上を目指してしまう。コーチがいれば、それが更に加速する。自分で言ったからにはがんばらねば、とやる気にもなる。

さて、今日も一日がんばりますか。。

本日よりHPをスタート

今まで、趣味のブログなどは作っていたのですが、よく考えると、仕事のためのHPを作っていませんでした。

このところは、単行本の仕事と、あとは日々のサイト運営の仕事だけで、あまり仕事を入れずのんびりしてしいたので、ちょうどいいかも、と思い、取り急ぎですが、HPを作りました。

これからのんびり充実させていこうと思っております。

昨日は、単行本のゲラチェック。ばらばらと書いた原稿が、ちゃんとレイアウトされてできてくるととても嬉しい。これから装丁もあがってkるはず。楽しみ??。

先週末は子どもが額を二針縫う怪我。保育園から連絡があり、取材をドタキャンして病院へ。幸い脳などには異常なし。本人もいたって元気。3人子どもがいるが、これで全員、1回は学校や保育園で頭に怪我をして救急病院に運ばれる経験をしたことになる。子どもを安全に元気に育てることはなかなか難しい。

さて、そろそろ保育園のお迎え&犬の散歩に行かねば??。

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