いしぷろ日記

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コーチングは胡散臭い?

「コーチングを勉強中」というと、え、っと怪訝な顔をされる場合がある。「なんだか、怪しそう」とか「高いお金を取るわりにこれといって成果がない」「口で言うのは簡単だけど、本当はどうなの?」などなど、そんなことが頭に浮かぶのではないかな、と思う。

私は、研修生として何人かのクライアントさんのコーチをさせてもらっているけれど、クライアントさんの中には、「コーチングってとってもいい!コーチがいないとダメかも!」とまで言ってくださる人もいる。

「コーチング」に対するイメージの、この差って、最初に出会ったコーチによるところは大きいと思う(私が素晴らしいコーチだと言っているわけではないですよ!)。

私も、実は数年前、「コーチング」のコンセプトを知って、これは素晴らしい!と思い、ある人にコーチをお願いしたことがある。が、これは失敗に終わった。

そのときの印象としては、「コーチは、私の固有の問題を解決しようというより、頭の中の会話のシナリオどおりに話を進めているのかな」という感じ。

なんだかそのコーチは、「私は会話のテクニックだけで人を変えることができる」、もっと言えば「会話のテクニックで人を支配できる」という万能感にとらわれているようで、なんだか嫌になってしまったのだ。以来しばらく、私は「コーチングは胡散臭い」と思う側の人間だった。

が、その後何年かたって、別のところでコーチングに出会い、やっぱり面白いかも知れない、と勉強を始めた。クライアントさんも持ち、もちろん自分にもコーチをつけた。で、コーチングへのネガティブな印象はかなりなくなっている。何より、コーチングによって、私と子どもの関係が、変わるのを体感したことが、大きな意識変化のもとだったのかも。

だけど、世の中にはいろいろなコーチがいるだろう。人間力、相性、経験…いろいろな条件があり、ぴったりなコーチに出会えるのは難しいのかも知れない。

私は、まだまだ経験が少なく、駆け出しもいいところだが、コーチとして、こうありたい、というイメージはある。

「答えは相手の中にある、コーチはそれを引き出すだけ」というのが、コーチングの大原則だ。「コーチは聞き役に徹するべきで、コーチからクライアントに提案したり、アドバイスしてはならない」とかということをおっしゃる人もいる。

だけど、私は、必要だと思う提案やアドバイスはするべきだし、役に立つなら自分の経験談を話してもいいと思っている(もちろん長々と話すのではなく)。クライアントさんが本当に願っているゴールに近づけるのなら、そんな型どおりのルールに縛られなくてもいいじゃない、と思うのだ。

また、コーチングでは、最初に目標設定をして、ゴールに着くためにどうするか、クライアントとコーチで答えを見つけていくのだが、最初のテーマからはずれて、延々と私生活の愚痴を聞かされることもある。コーチによっては、クライアントの私的な悩みには一切関わらない、という人もあるらしいけど、私は愚痴をただ黙って聞いてあげる、という日があってもいいじゃないかと思っている。

それは、「型どおりの会話パターン、テクニックだけですべてを解決できる」と思っている(と私は感じた)コーチから、コーチングを受けたときの、「なんとなく嫌な感じ」が体験としてあるからだと思う。

人間、仕事だけでなく、配偶者のことや、親のことや、子どものことや、地域のことや、いろんな面倒なことの中で悩みながら生きている。いつもいつも前向きに目標に向かって前進ってわけには行かない日もあるはずなのだ。そういうのも全部認めて、相手を元気にしてあげたい。

それができるコーチを目指している。

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娘の英語特訓

数日前に、娘の英語の話をしたが、その続き。

わが子を「落ちこぼれ」と言ってしまうのは親としてしのびないが、やっぱりこう言うほかない。

1日10分、10日間で中1の内容が復習できる、というあおり文に釣られて買った、薄っぺらい問題集。夕食前の隙間時間に娘にやらせてみると、どうやら、名詞の複数形の作り方とか、三人称単数の動詞の変化もうろおぼえみたいだし、基本文型も全然わかっていないようだ。どうして I am playとか言うわけ!!???

teacherとかlakeとかsevenとか、ごく簡単な単語も読めないようなので、「ちょっと解く前に問題を声を出して読んでみ」というと、ぼそぼそと蚊の鳴くような声。英語のできない子というのは、たいてい、読ませてみても自信なさげにぼそぼそ読むものだ。娘もまさにそれだった。
ああ…。

10分で終わるはずの問題はなかなか進まず、娘も、自分がこんなにわかっていない、ということが白日のもとにさらされるわけだから、プライドが傷つくのだろう、すこぶる不機嫌。

ある学校の先生に聞いたことがあるが、他人の子なら冷静に教えられるが、わが子となると「なんでこれができないの!!」とついついイライラしてしまう、という。それを実感したのは、娘の中学受験の勉強を見てやっていた時。そのときの経験があるから、私は娘がどんなに挑発的な口答えをしてきても、平静を保つ自信がある。

コツは、「気持ちは塾の先生で」。カラダ全体で不機嫌を表している目の前の子どもが、わが子だと思うと確かにイラつく。でも塾の生徒さんだと思えば、プロとして、どうやってこの子のやる気を出させればいいだろうか、どうやったらこの子が「わかった!」と思えるだろうか、と冷静に対応できる。気持ちの持ちようだけのことだけど、この方針は結構うまくいっている(と思う)。

とにかく、私は、娘にできるようになって欲しいのだ。「あ、なるほど」とわかれば勉強はとっても楽しいのだ。それを知って欲しい!!その一心なんだってば!!!

これもある先生に聞いたことだけど、どんな落ちこぼれの子だって、「できるようになりたい」と思っているのだという。ならば、わが娘も同じはず。

「わかるようになって欲しい!!」という母の熱血が通じたのだろうか、最近は、娘はあんまりイラつかずに問題集に取り組んでいる。

あれほど嫌がった英語の音読も、ちょっとは大きな声で読むようになっている。

「英語ができるようになったら、すごい世界が広がっているんだよ!!」
「分かる単語が増えてきたら、格段に楽しくなるんだよ!」
どこまでも熱血な母に「はいはい」と冷めた娘ではあるが、次の定期テストで成果が出ればブレイクするはず!と期待しているのである。(その前に、自分が英語しゃれべるようになりたい!!)

こんな声がけで、子どもが変わる

先日の、ある女性のコーチングの話の続き。

先の電話セッションの1週間後、子どもとの様子を聞いてみた。
すると、「すっごく驚いたことがある」と彼女。

彼女は子どもにピアノを習わせているのだが、
いつも子どもの横について、厳しく指導してしまうという。
が、今回はそれはできない。前回の私とのセッションで、
「子どもに一方的な指示命令はしない」と、自ら約束しているからだ。

子どものピアノの練習ぶりを見ていると、金曜の時点で、
土曜日のレッスン日に合格をもらえるかどうか微妙な状況。
そこで彼女はコーチング的アプローチを試みた。

「どうする? もうちょっとがんばって練習する? 
それとも今日はここまでにして、土曜日の朝、
レッスンに行く前に練習する?」

選択肢を与えて、子どもに選ばせるわけだ。

「土曜日の朝にする」

と子どもの返事。
そして、翌日の土曜日の朝。

子どもはTVを観ている。
以前の彼女なら、
「土曜日の朝に練習するはずだったでしょう!」
と叱ったのかも知れない。
が、彼女はもう一度、子どもにチャンスを与えることにした。

「ピアノの練習、そのTVを今消してやる? それともそのTVが終わってからやる?」

子どもの返事は「TVが終わってから」。

その後、彼女は家事に追われ(働く母の土曜日は、たまった家事に追われる一日だ)、その約束を忘れてしまっていた。が、ピアノの音が聞こえてきて我にかえった。「あ、ピアノの練習!」時計を見ると、ちょうどさっきの番組が終わった時間である。

「TVを消すって、自分でもなかなか勇気のいることだと思うけど、あの子はちゃんとそれをやったのよね。この子は叱らないとできない子だ、と私が勝手に思い込んでいただけかも知れない。」

命令しないで、自分で決めさせる、ただそれだけのことで、
本当に、こんなに子どもが変わるんだろうか……。
ええ、変わるんです!!!
その瞬間は、自分でもびっくりするほどです。
一度これを体験したら、次はどういうアプローチで
子どもの行動を引き出そうか、と考えるのが楽しくなってきます。

指示命令を続けていたら、お母さんがいるときだけちゃんとするけど、
怖いお母さんがいなくなったら、サボっちゃうようになりますよ。
だからずーっとつきっきりでいなくてはならなくって親も大変。

子どもが自分で行動するようになると、つきっきりで
指導しなくてよくなって、親も楽になります。

親子のコーチング、ぜひ試してみてください!



子どもとのかかわり

「家庭の教育力の低下」ということがよく言われる。
親がきちんと子どもをしつけられない、育てられない、などなど。

子育てについて、理想論ならいくらでも言える。でも、口でいくら理想を言っても、実際に生身の人間を目の前にすると、冷静に諭すべきところをカッとなって怒鳴ったり、手をだしてしまったり、ということは誰にでもあるはず。

私がコーチングをしているある女性の話。
彼女は、40代、一児の母。育児休業の後仕事に復帰。上司からは頼られ、部下からの信頼も厚い。やるべきことの優先順位も明確で、上手に子育てと仕事を両立している。問題が起きても、自分で論理的に解決法を見つけられるタイプで、コーチングをやっていてもコーチの出る幕はあまりないな、という感じだ。

そんな彼女が、ある日、「昨日、子どもをひどく叱ってしまい、勢いで叩いてしまった。自己嫌悪に陥っている」という。え、こんなに聡明な彼女が?と驚いた。彼女自身、コーチングの知識があり、会社では部下にあれこれ指図をせず、上手にやる気を引き出す、という名コーチぶりを発揮している。なのに、自分の子に関しては、そうはいかないらしい。

「会社から帰ったときに私が指示していた作業をすませていない」「私が指導したとおりに勉強をしない」……子どもが指示に従わないことにとてもイラついてしまうのだという。

コーチングでは、相手に指示命令をしたり強制をしたりせず、相手に考えさせることによって、相手が自分からやろう、という行動を導く。職場ではそれができている彼女が、子どもに対しては、指示命令の連発をしている。親というものは、子どもを愛するあまり、こうなって欲しい、ああなって欲しい、と子どもにいろいろなことを要求してしまう。もちろん子どもの気持ちなどおかまいなしに。

大人だって、同じことをするのに、命令されてやるより、自分からやるほうが気持ちがいい。まだまだ自己チューの子どもに、素直に命令に従わせるなんて、できるはずがない。

「どうしてこんなにうちの子は素直じゃないんだろう。あなたの欠点は素直じゃないことだから、素直になるよう努力しなさいって言うんだけど……」
と彼女。

「でも、毎日、あなたはダメだ、あれもしてない、これもしてない、と言われて素直になるってできるかなぁ。ああ、よくがんばったね、上手にできたね、って認めてもらえてはじめて素直になれるんじゃないかなぁ」

彼女は、はっとしたようだ。

「今まで、子どもとのやりとりでうまくいったときってあった? それは、どうしてうまくいったと思う?」 と聞いてみた。

すると
「うまくいったときは、そういえば、あんまりあれこれ言わず、好きにさせてみた。それから、努めてほめるようにしたかも」

そうそう、それ。
それが基本なんだよね。

「ほめて育てる」よく言われることだし、誰でも知っている。
でも、実際に自分の子育てを冷静に振り返ってみると、ぜんぜん違うことをやっていたりする。
「子育ての理想を語るだけなら簡単」なんです。

わかっているけど、またやってしまった!と失敗の繰り返し。そんなことで自己嫌悪に陥っているお母さんはたくさんいると思う。

でも、気にしないで。気がついたらなおせばいいんです。子育てに手遅れってない、って言いますから。

私も日々試行錯誤、現在進行形です!

100回やって初めてわかることがある

先日、ある俳優さんに取材することがありました。
心に残った言葉がいくつかあるので、ちょっとメモっておきますね。

20歳ぐらいのときに、自分の天職は何だろう、とにかく何かやらないと、と悩んで眠れない夜もあった。でも、ある人の「30までは好きなことをすればいい」という言葉に救われた。

誰だって悩むんですよね。10代とか20代で、「自分のやりたいこと」を見つけなければいけない、なんて誰が決めたのだろう。私もその頃は何も見つけられなくて、焦っていたなー。正直に言うと、30でもすごく迷っていたし、今でもまだ自分の人生、わからない。

どんな若手だって、逆にすごい年取った俳優だって、俳優ってものはすごい個性や、これを表現してやる!という強い思いを持って集まってくる。ほんの子役だって決して侮れない。

うーむ、いつも真剣勝負で仕事をせねば!と新たに私も決意してしまった…。

ある芝居で、「ここのセリフどう言えばいいのかどうしてもわからない」とある役者が言ったら、他の役者が「僕もわからなかったけど、100回読んだら101回目にようやくわかったよ」と言ったらしい。「またそんな、伝説を作ろうと思って大袈裟なことを…」と信じなかったが、最近になってわかってきた。30年やって初めてわかること、100回やって初めてわかることがある。

私も同感。若い時は、同じことをやり続けるって、「他に能がない」みたいで嫌だ、と思ったことがあるけど、それは違う。若いうちは、元気があったり、斬新なひらめきがあったりして、「自分って天才?」ってバカな思い上がりをしていたことがあるけど、今は、そんなひらめきなんて、毎日ずっと同じことを続けてきた人には絶対勝てない、と思う。

役者って勝手なもので、ヒマだと不安だけど、忙しいと嫌だな、と思う。でも忙しい時でも「この忙しさはいつまで続くんだろう」と不安になる。今でも、心配だからなんかアルバイトしようかな、なんて思うもの。

私もフリーランスだからすっごくわかる。いつまでこの仕事で食えるのかな、って常に不安。

でも、100回でも1000回でも、30年でも50年でも続けよ!ってことなんだな。がんばった人間は絶対0になることはないはずだもの。

取材って、こういうふうに、必ず相手から元気をもらえる。だからやめられない。

娘が落ちこぼれ!?

 中学一年の娘は、このところ部屋にこもっていることが多い。マンガも読んでいるんだろうけど、あとで困るのは自分なのだから、ちゃんと勉強はしているだろう、と特にチェックはしていなかった。

 が、入学時は上位だった成績がじりじりと下がり、英語に関しては、後ろから数えて数人目、というありさま。

 幼小中高大まである私立中学校で、クラスメイトの半分以上は、小学校からの持ち上がり。当初から英語の学習量にかなり差がある状態での入学だったから、英語については不振でも仕方がないと思っていた。が、それも、だんだん追いつくはず、という楽観的な見通しがあったからこそ。このまんまじゃ、もしかして「落ちこぼれ」!?

 思春期の娘とちゃんと話をするのはなかなか難しい。が、ここはちゃんと一度話さねば…、と英語の勉強について聞いてみたら、本人も、このままではヤバイ、と思っているらしい。どこで躓いているのだろう、と、ためしに、英検5級の過去問を見せて、反応を見たが、かなり初歩からヤバイ状況。

 うーむ、塾に行かせるか…。が、中学1年程度の英語で塾に行かせるほどのものなのか? それって、親の手抜き、という感じがして、自分が許せない。で、教材探しに出かけた。

 しかし、中学生の勉強について、親がここまでするべきなのか? 私なら自分で問題集とか買って勉強していたぜ、という気もしなくもないのだが、ここが親バカ。書店で問題集を物色し、1日5分とか10分でできる薄っぺらいドリルを買ってきた。ただでさえ宿題がかなり多いから、負担は少なくしたかったし、まずは簡単な問題で自信をつけ、英語アレルギーを軽減してから次のステップに移ろう、と思ったからだ。

 が、その薄っぺらで簡単なものすら、「当たった」「はずれた」レベルの回答状況なのだった。ああ……。

 というところで仕事に出かけなければ!続きはまた今度…



新一年生ママの不安

 うちの3番目の子、アツも4月から小学生。昨日、同じ年長組の保育園ママから、お悩みのメールをいただいた。

「うちの子はまだひらがなもカタカナも書けないけど、最近は、幼稚園でも文字は教えているし、小学校前に文字が書けてあたりまえだそうですね。うちの子は教えても覚えがわるくて、小学校に上がってから、自分だけ書けないことから学校が嫌にならないか心配。○○(某大手塾)に行かせようと思っているけど、近所にあるところを知っていますか?」

というような内容である。
ほかにも、
「うちの子はおとなしいが、小学校でいじめにあわないか」
「うちの子は授業中に立ち歩いたりしないか」
など、過剰なほどに小学校への入学に対して不安を持っているお母さんが多くて、驚いた。もちろん最近の、いじめや学級崩壊、指導力不足教員などの報道の影響だろう。一番上の子が小学校に入る頃(6、7年前)にはここまで親たちの不安は高まっていなかったと思う。

 前述のお母さんには、子どもの可能性を信じてどーんと構えておけば? と、返事をしておいた。子どもって興味を感じた時が勉強どきなのだ。就学前の子に文字を無理に勉強させても覚えなくて当然だと思う。絵本を読んであげていたら、何度も登場する文字を、ある日突然「これって“き”でしょ」とか「“の”でしょ」などと言うようになる。そのときに、たとえば「じゃ、自分の名前はどう書くんだろうね」と促して、知っている文字を広げていくのはいいと思うが、ドリルを与えて、さあ勉強しましょう、というのはなんだか嫌な感じがする。そんなこと、小学校に入ってからで十分だって。

 あまり早くから子どもに「お勉強」をさせるのは私は反対。小さい頃に勉強を強制させられて、ギャングエイジを体験しないまま成長した子どもが、中高になってから徒党を組んで荒れるのだ、という説もある。
 低学年のうちは、とりあえず宿題だけはやらせて机に向かって勉強する習慣だけはつけておけばいい。ただし、日ごろから子どもが知識欲に目覚めるようなきっかけを会話のはしばしに散りばめる、ってことは親としてするべき。たとえば、野菜に虫がついていたら、「これ、育ててみようか」とか、ニュースで聞いた言葉について、「それってどういうことだろうね」と話題をふってみるとかね。

 「学校に入ってからうまくついていけるだろうか心配。入学までに何が必要とか、自分のことで手一杯でちっとも考えていなかった」

と先のお母さんは心配していたが、それについては、

 「あ?、これ、忘れてた、くらいにテキトーでいいんじゃない?子どもにお母さん、忘れてるよ、とつっこまれるくらいのほうが、子どもも萎縮しないかもよ」と答えておいた。お母さんの緊張や不安は、如実に子どもに伝わってしまうから。

 入学後のいじめやら学級崩壊やらについては、こうしたら?と明確に答えられるものを私は持っていない。これは本当に難しい問題。
 わからないなりに、私がやってきたことは、ボランティアなりPTAなりの役割を買って出て、可能な限り学校によく顔を出すこと。仕事があるから絶対無理、という人もいるけれど(私もそうだった)ちょっと発想を変えてみてはどうだろう。1ヶ月に1日くらい、仕事を休んだり半休を取ったりして子どものために時間を使うことが、本当に絶対できないことだろうか? 

 だって、それをするだけで、すごいメリットがあるんですよ。学校の様子もわかるし、先生とも親しくなれるし、家では見せない子どもの様子を垣間見られたり、他の子どもたちに顔を覚えてもらえたり。何か問題があったときにも、気心が知れているっていうのは大きい。小さな芽のうちにいろんな問題を解決できるものだと思うんだけどな。

 要するに、心配する前に、相手(学校)をよく知る、というのが大事。子どものことも、よその子と比べて心配するのはやめたほうがいい。お母さんがたには、いらない不安を感じないで子どもを見守っていこうよ!と言いたいなあ。

30分モジュール作戦

ある仕事をひとつ引退し、仕事にかける時間はずっと減ったはずなのに、なぜか相変わらずあわただしく、イライラしてしまうので、ちょっと生活パターンを見直すことにした。

まず、
一日にするべき仕事の時間、家事の時間、家族との時間のほかに、勉強に1h、読書に1hを必ず確保する前提で、大雑把な1日スケジュールをたてる。

次に1週間を一覧できる、1日の行動を30分刻みで書き込めるのスケジュール表を作成。to doリストの欄も設けて、っと。

実際の行動をこれに記録し、無駄がないようにセルフコントロール。
電話の時間やメールチェックの時間もすべて記録。
今までメールチェックからだらだらとネットサーフィンに流れ、気がつくと1時間経っていた!ってこともあったが、そういうことはなくなるだろう。

何時間もぶっとおしで仕事していて、あ、昼食忘れた!ってことが多かったけれど、そういうこともないように、12時からきっちり昼食時間は30分取る。
その後30分は夕食の仕込みに使うことにした。今までの、ふと気がつくと夕食時間になってて、あわてて料理!というバタバタパターンをこれで解消。

で、1時から午後の仕事再開。
時間になったらきっぱりと仕事を切り上げ、保育園のお迎え、犬の散歩に! それからあとは家族のための時間!!

1日にメリハリができ、無駄がなく、なんだか快調。

とか言いつつ、取材とか打ち合わせとかで外出仕事が続くと容易にくずれる行動計画ではあるんですが。。。

あの本が見つからない!

 私と同年代なら、子どもの頃、少年少女文学全集の類に読みふけった覚えがある人も多いだろう。
 読書が私の唯一の娯楽(唯一は大袈裟か。マンガもTVも好きだったし)だったが、ドドド田舎に住んでいたので、近くに書店も図書館もなかった。で、一番嬉しいお土産は本。いつも本には飢えていた。

 そこへある日突然我が家にやってきた、少年少女世界文学全集。1冊1冊がかなり分厚く、文字も小さくて「うわ」っという威圧感があったが、読み出すと面白く、何度も何度も読み返した(だって他に本がなかったから…)。挿絵も一流の画家の手によるものだったと思われるが、田舎の子どもにとっては、胸がドキドキするような刺激だった。こんな絵が描けるようになりたい!と、カラーの口絵をよく模写したものだった。

 大人になり、自分の子どもに本を読んであげるようになると、自分が子どもの頃に感動した本をついつい選んでしまう。子どものため、というより自分のために随分絵本を買った。何十年も前に気に入って愛読した絵本が、いまだ健在で容易に書店で見つけることができる、ということに驚き感動したものだが、児童文学となるとそうはいかない。

 昨日なぜか、少年少女世界文学全集の中にあった「町からきた少女」をむしょうに読みたくなり、アマゾン.comで捜したのだが、在庫なし。更に調べると、復刊ドットコムで、復刊の投票待ち、という状況。なんと!あれほどの名作がもう手に入らないのか!!!と衝撃を受けた。さらに、もう一つ、とっても好きだった「100まいのドレス」を検索してみたが、探し出すことはできなかった。そんな!!

 では、「小人の鼻」は?「ビーチャと学校友だち」は?「星のひとみ」は?と不安になって次々と検索してしまったが、それらのほとんどが入手不可能だった!

 私は本をよく買うほうなので、すぐに部屋がいっぱいになり、定期的にブックオフにどさっと売り払ってしまう。もう一回読みたくなったらまた買おう、くらいの気持ちだったのだが、本当に好きな本は絶対手放してはいかんなあ、という気になってきた。

 特に、子どもの本はすごくかさばるけど手放せない。自分が大人になってから、「あのとき好きだった本、もう一回読みたいけど、なんていうタイトルだっけ」と、捜すのに苦労したので、わが子にはそんな思いをさせまい、と思っている。子どもにとっては大きなお世話かも知れないんだけれど。

今年の抱負

明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

今年の抱負、
仕事面では「NOから始めない」
どんなことでも「そんなの無理!」と思わずとにかくチャレンジしてみよう。

人間関係面では「笑顔で挨拶」&「聞き上手、ほめ上手、頼み上手」を常に意識して実践。

いずれも、仕事で出会った素敵な人生の先輩たちからの受け売り。いい人に出会って、いい面を盗んで、自分も成長していければと思います。


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