いしぷろ日記

昭和の感じ

昨日髪を切った。
美容院でブローした髪は
不自然に整いすぎて気に入らない。
早く洗ってフツウの感じにしたい、
といつも思う。
今回もそんな感じ。

家に帰ると、小三の息子が
「昭和の感じだね」
とひとこと。

うん、たしかに。
おばさんっぽいというか。
ダサっていうか。

言い得て妙とはこのこと。

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20数年ぶりに母校を訪ねる

母校の京都精華大学が開校40周年を迎え、大規模なホームカミングパーティを開催するというので、早朝から高速バスに乗って京都に行ってきた。

「過去を振り返らない」をずっとポリシーとしてきたので、
今までは、同窓会の案内なんかゴミ箱に直行、だったのだが、
私も年をとったのかなあ。なんか行ってみたくなった。

一人で行ってもなあ、と思い、大学時代の友人を思い浮かべてみたが、
連絡できる友人は2人しかいなかった。

考えてみれば、愛着がわくほど大学に通っていないし、
友達もいなかったかも……。

「過去を振り返らない」私は、「現在に満足できない」私でもあった。

田舎の高校に通っていたときは、京都で美大生になる(京都でもその頃の私にとって大都会だった)のを毎日夢見てデッサンに励んでいた。
念願がかなって京都に来ると、京都を楽しむ間もなく「東京に行くこと」を夢見ていた。
だから、今、目の前の大学生活や、友人との関わりに
真剣になれなかったのかも知れない。

いつも外へ外へ、もっと新しいこと、新しい出会いを、と常に思っていたなあ。
だからあえて他校のサークルに入ったり、バイトを転々としたり。
大学に居場所を見つけ、大学生活を楽しむよりも、
早く社会人になってバリバリ働きたい、と思っていたなあ。

久々に連絡を取り、集合場所の丸の内鍛冶屋橋駐車場で
再会したのは、「ダダ」である。
言うまでもなく、ダダイズムの「ダダ」。
入学時の第一印象は、自分を「ダダ」と呼ばせるとは
自意識強すぎない? というものだった。
風貌も言動もなんか変わっていて、非常に目立っていたし、いつも
たくさんのヘンな友達に囲まれていたなあ。

彼女はその時と全然変わっていなかった。
あの頃とファッションも全く同じ。パンクでもない、ストリート系でもない、
ダダ風としか言いようのないいでたちだった。

7時間のバス走行ののち、大学に着いて、ダダの友人一人と合流。
ダダとその友人が話す、濃密な大学時代の思い出話を聞いていると、
今、ここにいることを、存分に楽しむことのできる人の幸せ、を
思わずにいられなかった。

もっと先、もっと新しいこと、と思いながら進んできた私の人生は
振り返ってみると、あまりにもスカスカなんである。

ところで久々に訪れた母校だが、
「山の中にある小さな大学」は、4000人の学生をかかえる
そこそこ大きな大学に変わっていた。
山を切り拓いてたくさんの校舎が新築され、
私が学生だった当時の校舎はひとつしか残されていなかった。

集まった人でスーツの似合いそうな人はほとんどいなかった。
もういい年なのにパンクなおっさんとか、ヒッピーなおばさんとか。

フィナーレが近づき、踊り出す若い学生たち。
よっぱらって教授が裸になって踊り出すのもなんだか精華らしい。

そんな彼らを遠目に見ながら、帰途につく。
そう遠くない未来に、私は人生の表舞台を降りる準備をし始めるのだろう。
ふとそんなことを思ってしまい、なんか狼狽した。