いしぷろ日記

息子の停学事件

 高校一年になったばかりの長男が一週間の停学処分になってもうだいぶ経つのだけど、未だ納得いかないというか、もやもやした気持ちが消えないので、備忘録としてブログに書いておこう。

 ある日、学校に行っているはずの息子から携帯に電話がかかってきた。
 友だちを殴って、停学処分になるかも知れない、と言う。

 はあ? 入学直前に茶パツで厳重注意を受けたばかりなのに次は停学!?
 と驚いたことは驚いたのだが、心のどこかに、「え、面白そう、停学ってどういうふうになるんだろう」と好奇心がむくむくと湧いてきたのは否めない。不謹慎な親……。

 というのも、息子のことで学校に呼ばれるのは小学校高学年からのことで、すっかり慣れっこ。今や、こういうとき学校はどういう対応をするのか、先生がたはどのように責任逃れをするのか、ということを観察して楽しむ余裕すら生まれてきたから。最初はそりゃびっくりして、自分を責め泣いたことは数知れない(ってほどでもないな。1、2回)。

 息子の言い分はこうだ。
 Sというクラスメイトが、息子のことを中傷し、あることないことを皆に言いふらしているのに腹を立て、一発殴ったのだという。息子曰く、優しくなぐっただけなのに、大騒ぎして先生にチクルなんて高校生にもなって恥ずかしい奴だ、と。
 こういうとき、自分の子どもの言い分だけ聞いて軽率な言動をしてはいけない。これは、やはり息子が小学校時代にいろいろ問題を起こした際に学んだこと。
 状況がよくわからないまま怒ったり心配しても仕方がないので、あとから来るはずという学校からの電話を待った。
 が、その日の夜の担任教師からの電話は要領を得ないもので、状況がまったくわからない。どうも経験の浅い新米教師らしく「自分では勝手に発言できないので、一度学校に来てほしい」とのことだった。

 そして、学校の指定する日時に、仕事着のまま駆けつけた。
 校長、生徒指導教諭、学年主任、担任教諭と、息子、私が応接室のテーブルに着いた。
 いかにも気弱そうな校長から、型どおりの挨拶があり、1週間の謹慎処分が言い渡された。
 校長は、その後「所用のため」と、そそくさと退席。
 と、学年主任の女性教師が眉を八の字にして、ぼそぼそと言った。

「お宅のMくんは、いつも暴力で物事を解決するお子さんなのでしょうか」

はあ? なに、その決めつけ方。。

「そちらこそ、いつも初対面の相手にそのような失礼なもの言いをするのでしょうか」
と思わず聞きたくなった。
 その女性教師は、
「ご家庭でも今回のことについてよく話し合ったのでしょうか。Mくんは反省していますか」とたたみかけてくる。

 最初っから、全面的に息子が悪者、という流れと、その八眉の人を小馬鹿にしたような態度に非常にむかむかしてしまい、
「話し合い? 特にしていませんけど。反省? してないんじゃないんですか?」
 と言ってしまった。
 つまり、状況がわからないままいろいろ話をしても無駄である、今日、全貌が聞けるというから、家庭で話し合うとしたらそれからだと思っていた、とそう言いたかったのだが、しょっぱなの八眉のパンチに面食らっての失言だった。

 が、気をとりなおし、まず当時の状況を教えてほしいと言うと、生徒指導の体育会系の男性教師が、Sくんと息子が、何かの行き違いでトラブルになり、息子がSをなぐり、周囲の生徒が息子を制止したのでなんとかおさまった、というような説明をした。

「何かの行き違いとは何でしょうか、抽象的で全くわからないのですが」
 と言うと、こわもてを装っていた体育会系が一瞬ビクっとひるんだ。
 こいつ、案外とやわかも。

 そして、私にはどうしても「こんな子どもの喧嘩レベルのことで大人が大騒ぎするのはバカげている」という思いがあったので、「この学校での暴力の定義を教えてほしい」と言った。

 と、その体育会系が、自信たっぷりに「それは、一方的になぐることです」と言う。

 「では相手が殴り返したら……」「それは暴力ではなく喧嘩です」

 はあ? 

 ではたとえ互いにボコボコになっても一方的な攻撃でなく殴り合いなら、この学校では暴力と呼ばないのか。でもって、喧嘩なら暴力じゃないからセーフだったのか? その体育会系、自分でもすぐにそのオカシサに気づいたのだろう、あわてて「とにかく本校ではこういう行為には厳しい態度で臨むことになっています」と声を荒げて話を打ち切った。

 こいつ、やわなだけでなくバカだったのか。

「言葉の暴力についてはどう思いますか? 息子が中傷されたことについては? 言葉による暴力で自殺する子だっているんですよ」と言いたかったが、息子の、かあさん、もうやめてオーラがすごかったのでやめた。

 その後、くどくどと、先生がたのお説教が続いたが、私の怒りにまた油を注いだのが八眉の女性教師だった。

「おい、M、もうこんなこと二度とするなよ、わかったな」と、急に男言葉の熱血青春ドラマ風なのはまあ笑えた
が「お母さんだってこんなことで学校に呼ばれてどんなに情けない思いをしているか。もう二度とこんな思いをお母さんにさせるなよ」には(しかも私とは目を合わさずに言うのが一層ムカついた)、また「はあ?」とあきれてしまった。

 私は息子のために学校に来ることは全く迷惑でもないし、みじめだとか情けないとか思っていないし、勝手にヘンな代弁してくれるなよ。

 が、ここで学校から目をつけられても面倒くさいし、黙っておいた。

 私としては、かなりガマンして大人しくしたつもりだったのだが、あとで息子に、「かあさん、どうしてあんな挑戦的な態度なの、てきとーに謝っておけばすむのに、感じ悪すぎ」と言われてしまった。「納得いかねえ」って気持ちが顔にアリアリ出ていたのか。。

 そうそう、八眉に「お父さんには話されたのですか」と聞かれたので「話していないし、話すつもりもありません。もし話したら、家庭内が暴力沙汰になりますから」と答えた。
 八眉は、うっという顔をしてのけぞった。フン、ちょっと怖がらせてやったぜぇ。ワイルドだろぉ?

 息子が根っからの悪ではないことは知っている。もし本当にやってはならないことをしたら、父親でなくとも私が息子をボコボコにする。そのくらいの覚悟はできている。

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電車で会った人

明日日本を発つという友人に会うために新幹線に乗った。

自由席はそこそこ満席で、
品川で隣に一人のビジネスマンが乗ってきて、名古屋で降りた。
名古屋で次に乗ってきたのはおばちゃんだった。
おばちゃんは、お弁当のサンドイッチを静かに食べると
ゴミを捨ててもどってきてから言った。

「いいカメラですね。お仕事ですか」

前の座席の網ポケットにぞんざいに放り込まれた私の一眼レフのことだ。

「いえ、単に趣味で」
「ああそうですか」

それきり会話は途切れたのだけど、おばちゃんはもう少し話したいのではと思って聞いた。
「どこまで行かれるのですか?」
「京都まで」
「じゃあ同じですね」

私もつくづく年をとったなあと思うのだが、電車で隣り合わせた見ず知らずの人と
会話するのは平気になった。

「学生のころの同窓会が毎年九州であるんだけど、今年は京都でやろうということになって。私が夫を去年なくして引きこもってばかりだから、みんなが引っ張り出そうとしてくれて。京都だったら出てこられるだろうって言ってねえ」
おばちゃんはするすると語りだした。

静かに耳を傾けていると、みんないろいろなことを話してくれる。
どんな人も珠玉の物語を持っているのだ。
それを聞くことが楽しい。

「写真ってやっぱりいいわねえ。カメラを見たら思い出したのよ。夫を亡くしててから押入れいっぱいの写真を整理していたら、いろいろなことがありありと思い出されてきて。ああたくさん撮っておいてよかったって。そうそう、現像しないままの古いフィルムも何本か出てきたんですよ。何を撮ったんだろうと思って現像してみたら、子どもたちの小さいときの写真で。懐かしくてねえ。そりゃ色はあせてましたけど」

おばちゃんは、九州の大学を出て愛知県に就職し、去年定年退職するまで働いていたこと、これから二人であちこち旅をしようと楽しみにしていた矢先にガンで夫を亡くしたこと、夫の遺した畑で黒米を作っていること、無農薬だと草取りが大変だけど、都会で働いている息子が近々もどってきて畑を手伝ってくれることなどをつらつらと話してくれた。

あっという間に新幹線は京都に着いた。

おばちゃんは
「ありがとう」
と頭を下げると静かに席を立った。

「よいご旅行を」
と手を振ると、おばちゃんは、にっこり笑って人ごみに紛れていった。