いしぷろ日記

だれでも美しいたねを持っている

「だれでも美しいたねを持っている」

自分の能力のなさに落ち込むとき、この言葉を思い浮かべます。

いまうまくいかなくても大丈夫。いつかあなたの中のたねが芽を出すよ、
ともう一人の私が励ましてくれる気がします。

遊んでばっかりで、ちっとも勉強しない子どもたちを見るとき、
やっぱりこの言葉を思い出します。

「この子たちも、美しいたねを持っている。必ず芽を出すから、信じて待とう」
という気持ちになります。

この年になると、自分より若い人と仕事をすることのほうが多いですが、
若い人の未熟さを垣間見るときも、
この言葉を思い出します。
「この人の、美しいたねが、無事目を出すように励まし見守ることが年長者のつとめだ」
と思います。

だれが言ったか知らないけれど、とても美しくて、好きな言葉です。

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日本人なら皆、『永遠のゼロ』を読むべし!

遅ればせながら、百田尚樹の『永遠のゼロ』を読了。
戦争賛美の本、という人もいるが、きちんと最後まで読むと、そうではないことがわかる。
勝ち目のない戦いのために命を捨てざるをえなかった兵士たちの苦しみ、戦争の愚かさ。
そして、自分たちは安全な場所にいて、むざむざと若者たちを愚かな作戦のために捨て駒にし、
玉砕を命じてきたエリートたちの身勝手さ、アホさを、きっちり描いている。
これは、日本人ならみんな一度は読んでおくべき!と思った。
そして、絶対に、二度と戦争はしてはいけないと、胸に刻み込むべし、と思った。

先日あるTV番組で、まち行く若者にマイクを向けて「8月15日が何の日か知っていますか?」と
と尋ねたら、終戦記念日と答えられた人はわずかしかいなかった。
たまたま、だと思いたいが。。
また、最近の新聞で、憲法9条の改正について一般の人たちに聞いたコメントが載っていたが、20代、30代の人たちの何人かが、「今のままだと、日本が危ないから(中国や北朝鮮の脅威など)改正すべき」と答えていて少なからずショックを受けた。私は、いくら自民党が憲法改正を進めようとしても、最後の国民投票がきっと歯止めになると思っていたが、こういう人たちが増えているとしたら、そんな考えは甘かったのかもしれない。
だからこそ、若い人たちに、きちんと戦争のことを伝えなければならない。
もし、「憲法9条の改正に賛成」と言った人が、『永遠のゼロ』を読んでいたなら、また違うコメントをしたのではないかと思う。

私たちは無力なのだろうか

お盆ですね、世の中は夏休み。
フリーランスの私にはあまり関係がないですが、このところ、ずっと忙しかったので、お盆前に極力仕事は終わらせて、今週はのんびり過ごすつもりです。

ところで、8月になると、毎年、テレビも新聞も戦争の話題が増えますよね。戦争の痛ましさ、愚かしさを忘れないためにも、それは大事なことだとは思うのですが、一方で、慰安婦問題とか領土問題などになると、
若い頃は、「とっくに終わった戦争のことにいつまでこだわるのだろう」と思っていたのです。
でも、今はそうは思いません。
終わったこと、として簡単に片づけてはいけない、ご先祖様たちのやったことだけど、それは私たちも背負って生きていかなければならないのかな、と思います。具体的にどうするの??と聞かれると、きちんと答えられない自分がカッコ悪いのですが、せめてできることは、過去の戦争について、きちんと知ることなのかな、と思います。本を読むことは、だれにでもできることなので、まずはそれがおすすめ。体験談でもノンフィクションでも、小説でも。

安倍総理が、なぜ憲法改正に政治生命をかけるとまで言ってるのか、なぜ、集団的自衛権を行使しようとしているのか、まったく理解できない。庶民のだれもあの戦争は望んでいなかった。そして、今、庶民のだれも、憲法9条の改正を望んでいないと思う。

子どもたちの未来を守るために、私たちに何ができるのだろう。デモをしても、選挙でも何も変わらなかった。私たちは全くの無力なのだろうか。何をすればいい?どうやって??そんなことを考える日々です。