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いしぷろ日記

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3人のおじさん

 シナリオセンターの宿題で、「魅力的なおじさん」というお題が出た。
 ぱっと思い出したのは、モーパッサンの短編『ジュール叔父さん』に出てくるジュール。
 次に思い出したのは、父方のK伯父さん、母方のM叔父さんだ。

 ジュール叔父さんは、フランスの話。ならずもので親戚中の恥と言われたジュールが、アメリカで一旗あげて帰ってくると言って海を渡り、いつのまにか貧しい一族の唯一の希望となるのだが、結局は地元の観光船の上でカキの殻をむいている薄汚いオヤジがジュールだった、という滑稽で切ない話。甥っ子の回想話として始まるのだが、最後もなかなかシャレている。アメリカでのジュールの暮らしには全く触れられていないが、ここをふくらましたら、面白いドラマになりそうだ。

 K伯父さんは、徳島の山奥で生まれ育ち(そこは今でも猪が出る)、子どもの頃から神童と呼ばれた秀才で、京大に行って建設省に入った。が、下ネタも言う面白い伯父さんで、同僚がベンツやらクラウンやらに乗っていても、車にお金を使うなんてばかばかしいと言ってずっとカローラで通した人だった。瀬戸大橋やら明石大橋の建設に携わっていたときは、ときどき香川県のわが家に立ち寄った。旅慣れている人らしく小さな鞄を持ってふらりと現れるのだが、分厚い本を必ず携えていて、いつも勉強していたという印象がある。
 建設省を退官した後、大手企業の会長に天下りしたが(当時は天下りはそれほどダーティなイメージはなかった)、「こんな年よりが出張っては老害以外の何物でもないよ」とわが身を恥じていた。今は奈良に隠居して悠々自適の暮らしをしているはずである。

 M叔父さんは、若いころからやんちゃもので、親戚中からあいつは将来どうなるものやらと心配されていたらしい。看護婦の奥さんをもらって、2児ももうけ、ようやく落ち着いた。学歴がないことに非常にコンプレックスを持っていて、M叔父さんとよく行き来のあった頃の私は進学校に通うガリ勉さんだったからすごく嫌われた。私も多分、M叔父を見るたび嫌な顔をしていたと思う。私の母も「Mはバカでどうしようもない」としょちゅう言っていたが、父が亡くなって、子どもが巣立って一人だった母を何くれとなく世話してくれたのはほかならぬM叔父だった。

 さて、宿題である。
 私はどんな「魅力的な叔父さん」を書いたのか。

 バックパックをかついでインド放浪の果て、ベンチャーを立ち上げては失敗を繰り返すダメ叔父である。懲りずに、バッタもんを仕入れて売る商いを始めたが、家賃も払えない。買付に行った韓国から帰国したその足で、姉のもとに無心に行こうと、姪っ子にメールする。姪っ子から「イ・ビョンホンの生写真をお土産に持ってきて。ママの機嫌がよくなるから」と返信がきて、急きょ新大久保まで生写真を探しに行く……。
と、結局架空の叔父さんの話になりました。
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