いしぷろ日記

つれづれ連載第8回「フリーライターやってます」~ごめんね100連発の苦い思い出

 フリーライターへの道は、振出しに戻ってしまいました。
 で、次なる売り込みに出かけるわけですが、もう少し、最初の仕事のことで書いておきたいことがあります。

 初仕事に舞い上がっていた私のもとへ、記事を読んだという知人から電話がありました。
 記事を読んで、「不覚にも泣いてしまった」と、その友人は言いました。
 まだ何か言いたそうでしたが、私はあわてて話題をそらせました。
 照れくさかったのかもしれないし、辛かったことを思い出してしまうのが嫌だったのかもしれません。いずれにせよ、初めての「読者の感想」をみすみす聞かずにすませてしまったことを少し後悔しています。

 友人が「泣いてしまった」というのは、私が再就職した会社を辞めることになった事情を書いたくだりだろうと思いました。
 子育てが大変だったという話をしようと思えばいくらでもネタはあるのだけど、そういう話をここでするつもりはありません。ただ、あのときの事情だけはすこし振り返ってみようと思います。

 再就職した私は、ある企業の外部スタッフとしてコンサルティング業務に携わっていました。会議やリサーチのために外に出ることが多く、帰りの時間も不規則になりがちでした。しかも、小さな会社だったので代わりの人もいません。子どもが熱を出すようなことがあったら大ピンチ。ギリギリの綱渡り生活でした。
 でも、せっかく得た仕事です。新規事業を担当させていいただき、期待されているとも感じていました。もともと熱血タイプだし、「がんばるっきゃない!」ってな気分でした。

 あるときついに子どもが熱を出しました(あるあるネタですね……)。1日仕事を休み、翌日も熱は下がりません。その日は取材のアポがありました。代わりはいないしリスケも難しい。無理にでも子どもを預けて出かけるしかありません。
「もう熱、下がりました!」
 有無を言わせぬ勢いで、保育士さんに子どもを渡し、逃げるように保育所をあとにしました。

 仕事を終えてお迎えに行くと、保母さんはカンカン。
「こんなに熱があるのに預けて。子どもが死んでもいいの?」
 娘は熱でまっかな顔をして、ぼうっと天井を見つめていました。
 ごめんね、ごめんね、ごめんね……。心の中で、ごめんね100連発してぷっちんと緊張の糸が切れました。
「あ~、もう無理。やめよう」
 (鉄の女ならぬ)チタンのような女と言われた私の敗北宣言でした。

 失敗の理由はいろいろあります。
 最初から、万一にそなえてベビーシッターを探しておくとか、病児保育室を探すとか、いざというときには仕事を代わってもらえるよう根回しをしておくとか、いろいろやることあったはずなのです。「なんとかなる」と根拠のない自信で、何の手立ても打たなかった私が悪い。

 でも、リベンジをする気力は私には残っていませんでした。
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