いしぷろ日記

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つれづれ連載「フリーライター20年やっています」第21回~キャリアプランの話

 フリーランスだと会社員の方に比べて、キャリアアップを意識することは少ないと思います。昇進・昇給も、社員研修もありませんしね。だからこそ、フリーランスは、自分で自分を育てる方法を持たなければなりません。
 もちろん、日々の仕事を誠実にこなすことが、一番のスキルアップになりますが、時々は研修を受けたり、仕事が少ないきに集中的に勉強して資格を取ったりして、少しでも自分を高く売れるよう努めておくことだと思います。
 
 キャリアプランを考えるときに、たとえば3年後にはこうなっていたいというビジョンを描き、そこから逆算して今何をすべきか考えるというアプローチがありますよね。それはまったく正しいと思いますし、私も以前はそっち派でした。
 が、今は違います。
 じゃあ何派なわけ? というと……

 その時々でできることを精一杯やっていった結果、振り向いたら一本の太い道ができていた、というような「気づいたらなっちゃってた派」。

 こう考えるようになったのは、子育て経験が大きいと思います。女性は男性に比べると、結婚や出産で人生が翻弄されやすい。夫の転勤で仕事を辞めなければならなくなったり、一人目を出産して、ようやく育休が明けて復帰したら二人目ができてしまったり、うっかりくじに当たってPTAの役員になってしまったり、親の介護が始まったり。晩婚晩産時代ですから、子育てと介護がダブルで訪れるケースも増えるでしょう。
 もちろん男性も手助けしてくれると期待していますが、女性の負担が大きくなるのは紛れもない事実。

 そんなわけで、将来の計画なんて立てられないのが女性の人生なのです。

 予想外のことが起こったとき、「計画を立てて人生を歩む派」だったらすごくストレスがたまるし、自分の運命を恨むことにもなりそうです。

 わたしは長い仕事と家庭の両立生活を通して、「なるべくストレスをためない生き方」を模索してきました。たとえば、朝のうちに夜ご飯も作ってしまうのも、家に帰ってからばたばたごはんを作るストレスを避けるため。

 キャリアプランも、予想外のことが起こるたびに、絶望するのが嫌だったから、「計画を立てて人生を歩む派」改め、「気づいたらなっちゃってた派」に切り替えたのです。

 後に、キャリアカウンセリングについて勉強したときに(これはがんばって資格を取得しました)、テキストの中に「気づいたらなっちゃってた派」と似た理論を見つけました。

 それは、L・サニー・ハンセンの「キルト(パッチワーク)理論」と呼ばれるもので、人は、仕事・学習・余暇・家庭と子育てという4つの役割を、あたかも小さなキルトのようにバランスよく一つひとつ縫い合わせていくことで、意味のある全体像(人生)を縫い上げることができる、というような意味。

 いきなり大きなキルトはできないし、4つのバランスが偏っていては美しいキルトはできない。その日その日、こつこつと、一枚一枚を大切にバランスよく縫い合わせること。それが気づいたら大きな成果につながっている。

 まさに、わが意を得たり。成り行き人生も悪くないと太鼓判を押していただいたような気がしました。

 とはいえ、どんな全体像にしたいかというイメージは持っていたほうがいいと思います。
 計画どおりにはいかなくてもです。
 そのほうが、今やるべきことの優先順位をつけたり、取捨選択するのが簡単になります。
 大事な時間を無駄にしないためにも必要なことだと思います。

つれづれ連載第11回「フリーライター20年やっています」~勢いのある雑誌とは

 ○○に詳しい有名人を5人探して取材をし、コメントを取る。猶予は2週間。
 これが、ある日のミッション。
「○○に詳しいって誰?」
とか言っている場合じゃない。リストアップする。「イメージが違う」と編集長。再び探す。電話をする。断られる。断られる。探す。断られる。
 こうしている間にも他のページの資料集めを進める。夜、携帯が鳴る。取材OKが取れる。思わず「よっしゃ」とつぶやく。

 1週間後にはアポもとれ、資料も集まり、ページ構成も決まり、デザイナーに発注するところまでこぎつける。まだ取材は終わっていなけど、アポが取れたらもう終わったようなもの。原稿は電車の中でも書ける。

 と、「昨夜のTVでタレントの何某が○○について語っていた」との情報が入る。「そのタレントのコメントも入れよう」と編集長。ほぼ決まっていたレイアウトの中に原稿一本分のスペースをねじ込む。番組の録画データを取り寄せて観る。タレント何某のコメントをチェックする。質問項目を考える。取材依頼の電話をかける。「電話取材でもいいので」と頼み込む。移動中の何某と電話で話す。原稿を書く。

 録画を見てから取材して書き上げるまで、わずか数時間。ふぅ、間に合った……。

 勢いのある雑誌とそうでない雑誌の違い。
 それは、取材力ではないかと思います。
 とにかく調べる、粘る。決してあきらめない。

 それを学んだのは、20年前、3件目の売り込みにして仕事を得た某誌編集部のR嬢からでした。
 エリート大学を出てたぶん挫折を知らないまますくすく育ったのでしょう、素直な分、R嬢のいうことはいちいちキツい。10歳も年上のおばちゃんにも容赦はありませんでした。

 でも、R嬢のおかげで私はライターになれたと思っています。
 たとえ5センチ四方の原稿でも決して資料だけで書かない。必ず現場を取材する。このくらいでいいだろう、という原稿を書かない。こんな人いるわけない、とあきらめない。全部、R嬢が教えてくれたことです。

 20代で1000万円以上の貯金をしている女子を10人探して取材せよ! 20代で管理職になっている女子を10人探して取材せよ! 毎号毎号、R嬢から来るミッションは「そんなのムリ」と言いたくなるような厳しいものでした。

 さすがに、20代で主任とかチーフとかではなく、課長、部長になっている女性を探せというミッションは厳しかった。電話をかけてもかけても「該当する人はいません」という返事が続く。なんせ20年前のこと。雇用機会均等法が施行され、ようやく総合職の女性も採用されるようになったばかりの頃。
 おもわずR嬢に「そんな人、いるわけないです」と電話をしました。
 するとR嬢は、受話器から顔が飛び出すんじゃないかという勢いでこう言いました。
「いるわけない、じゃない! 絶対いる!と思って探すんです! 今からコンビニにでも行って、求人情報誌を買って上から順に電話をするとか、なんとでもできるでしょう!」
 なるほど! そこまでするのか!! 
 でも、時間は夜8時を過ぎています。子どもたちをお風呂に入れたり寝かしつけたりしないといけません。だけど、締切は待ってくれない。あぁぁぁ。

 しかし私は書き続けました。「こんなの無理でしょう」と思うようなミッションもなんとか切り抜けてきました。私がひたすら原稿を書いている横で「おなかすいた~」と泣いている子の顔を今でもときどき思い出します。

 文章力より取材力。
 かつて編集者Sさんが言ったとおりです。
 その雑誌は確かに勢いがあり、売れていました。
 みっちりお付き合いしたのは2年くらいでしたが、何度かチームで社長賞をいただいたこともあります。
 編集者Sさんに「そんな企画売れるはずがない」と言われたSOHOものの企画は、出すたびに売れ、読者アンケートで毎回人気NO.1だったというおまけつき。

 駆け出しの時にあの厳しい編集部で仕事をさせていただいて、本当によかったと思っています。

息子の進路

昨夜、仕事仲間たちと飲みに出かけ、息子の進路が話題になりました。
我が息子は、早々に大学進学を放棄し、専門学校への入学が決まっています。
将来の夢は芸人。

この話をすると、先輩諸氏は、
「グローバルに活躍しようと思ったら、いまどきコメディアンでも大学や大学院を出ている」
「芸人でも高卒なんかで成功するわけない」
「学歴は関係ないと言われているが、実際に社会に出て働いていたら、上にいる人は一流大学卒の人しかいない」
「子どもの進路は親がある程度導いてやらなければ」
というようなことを言われました。
この歯に衣着せぬ言い方、腹立つより、むしろ気持ちよかったのですが、私はまったく同意できませんでした。

でも、私も数年前はそういうことを考えていたよなーと昔を思い出しました。
私は、嫌なことはすぐ忘れるたちなので、本当にきれいさっぱり忘れていたのですが、
息子が、高卒になる、ということを受け入れることができず、それなりに苦しんだこともあったのです。

小学校で荒れ、私立の中学を退学し、底辺校に近い公立高校に進学し、その後も
停学とかいろいろあり。
私立中学を退学した時点で、この子の人生は終わったな、とすごく落ち込んだものです。
面倒見のいい私立で勉強していれば、どこかしらの大学には入れただろうに、
卒業生のほとんどが就職するような高校に入ってしまったら、5分と机の前に座っていられない息子のことだから
自力で勉強して大学に進学することはあり得ないだろう、と。

でも、悩んでいた間、私は、同じように荒れた子を持ってそれを乗り越えたお母さんや、取材で出会っためっちゃワルから起業して生き生き働いている人、見た目怖そうだけど案外いいヤツな息子の友人たちなど、いろいろな人に出会って、自分がいかに狭い価値観にとらわれていたかに気づかされたのです。10代の荒れなんて大人が本気でおろおろするほどのものでもないし、高卒だから人生おしまいなんてこともない。高学歴の人が活躍している世界と全然違う土俵に行けば、いくらでも活躍するチャンスはあるのだと。

息子の人生は息子のもの。
親が信じて応援しなければだれがする!?という気持ちでいる。
自分だって、みんなと同じことをするのが嫌いだからフリーランスで生きているんだもの。
自分だって、周りが反対することばかりしてきたんだもの。

子どもは、自分の想像を超えた人生を歩んでくれたほうが、私は人生を2倍楽しめる。
本気でそう思っている。


今年一年振り返る

たくさんの人に会いました。
たくさん仕事しました。

特に、30代くらいの、“面白い”人たちにたくさん会えた。とてもエキサイティングな気持ちになりました。
いまどきの若い人、すごいな!!と思います。
この間紹介したブンタウで日本語教師をやっているMくんもそうですが、
イタリアン精進料理で若い人たちにお寺に親しんでもらおう!という活動をしている若い僧侶のIさんもすごい。
カンボジアでカレー屋を始めたMさん、ソマリランドに大学を作ろうとしているSさん。思い出すときりがないくらい。

私も負けずに頑張ろう!という気持ちになります。

今年の6月に、ちょっとした思い付きで、フリーランスのライターやカメラマンやデザイナー、イラストレータたちを集めた「ピンの会」という飲み会を始めたのだけど、フリーランス同士って案外会う機会がないので、やってみるとすごく盛り上がった。そこで出会う人たちから、いろいろ話を聞くのもおもしろい。OLを辞めて、北極から南極まで旅して、その後旅ライターになったというS女子は面白かったなー。彼女のエッセイを読んでいたら私も旅をしたくなった!!
15歳で親元を離れ、自力で大学を出てて今はフリーカメラマンをやっているKくんの話にも感動した。

今どきの若者は打たれ弱いとか、内向きとか、十把一絡げにしないでほしいなあ。

考えてみたら、今年一年は、たくさんの面白い人に会えたことが一番の収穫でありました。

仕事面では、忙しいばかりで、自分発信の仕事をできなかったのが反省点。
いただく仕事はありがたいけれど、いただくばかりでなく、自分でも仕事を作り出さなければ。。
でも、たくさんの仕事をこなしたので、休日はほとんどなかったけど、スキルがすごく上がったと実感。
スキルがあがると仕事はどんどん楽しくなることも実感。ずっとハイな感じ。

今年はまだ書きかけの原稿がいくつかあって、仕事納めができないのだけど、
さっさと片づけて、来年の計画を立てよう。

来年はさらなる成長をします! 

今日会った人

ライターという職業柄、毎日いろいろな人に会います。
昔は引っ込み思案で、初対面の人と話すのがとっても苦手だったのですが、これだけ毎日
新しい人に会っていたら、いつのまにか、だれとでも話せるキャラに変わっていました。

で、今日会った人。ベトナムから一時帰国中のMくん。
数年前、私の編集講座に来てくれた人なのですが、
当時、早稲田大学の7年生。
就職、どうするの、とひそかに心配していたのだけど、日本企業の内定があったにもかかわらず、
卒業旅行で行ったベトナムが気に入ってそこにいついてしまったらしい。
後輩が日本語講師をしていたので、彼も同じ大学で日本語講師をすることになったそうです。

ベトナム人の親日度はとっても高くて、国民の98%は日本が好きという調査結果もあるのだとか。

彼が滞在しているブンタウというところは、
生活は日本に比べると決して豊かではないのだけど、幸せ度はとても高いと感じるそう。
仕事がなくても悲壮感がない。あくせく働かなくても年に3回も米はとれるし、木の実は実っているし。
本当の豊かさってこういうことなのかな、と実感する日々だそうです。
急成長していく勢いも感じられるし、大学はできたばかりなので、何でもチャレンジさせてもらえる。
そんな環境がとても気に入っているようすのM君でした。

やりたいこともいっぱい!みたいで、いいなー、がんばってほしいなーと思いました。
私も元気もらったな! 

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